「まだ歩かない」はいつまで個人差?――相談を考える境目
同じ月齢の子が公園を歩いていると、まだつかまり立ちのわが子が急に心配になる。家族から「そのうち歩くよ」と言われても、本当に待ってよいのかは分からない。反対に、健診で「少し様子を見ましょう」と言われたあと、何を見ながら待てばよいのか迷うこともあります。
歩き始める時期には幅があります。けれど、「個人差がある」という言葉だけで、どんな状態も同じように待てるわけではありません。月齢だけで線を引くのでも、歩いていない一点だけで病気を決めるのでもなく、これまでの育ち方、ほかの動き、左右差、ことばや人とのやり取り、日常で困っていることを一緒に見ます。
この記事では、歩き始めの幅をどう読めばよいか、どんな変化は早めに相談したいか、1歳6か月児健診や診察で何を確かめるのかを説明します。後半には、家で一週間だけ観察するときの見方と、相談時に伝えやすいメモをまとめました。診断や訓練を家庭だけで決めるための記事ではありません。

図1 歩く時期だけでなく、その子自身の経過と今の動きを見ます。
「18か月まで」は、合格期限ではない
WHOが5か国の健康な乳幼児816人を追った研究では、支えなしに歩く時期は広く分布していました。報告された歩行獲得の中央値は12.0か月、95パーセンタイルは15.3か月、99パーセンタイルは17.6か月です。[1] これは、歩き始めには数か月単位の幅があることを示す観察データです。
この数字を「17.6か月までは必ず正常」「18か月になったら病気」と読むことはできません。研究は、成長に適した環境で暮らす子どもを複数国で観察したもので、個々の子の診断基準を作った研究ではないからです。観察の間隔や保護者からの聞き取りも含まれます。早く歩くことが優れているという順位表でもありません。
米国CDCの18か月の発達項目には「何にもつかまらずに歩く」が含まれます。[2] ここでいう発達項目は、その年齢で多くの子に見られる行動を、家族と医療者が確認するための目安です。項目にまだ達していないことは相談のきっかけになりますが、それだけで診断がつくわけではありません。
私は診察で月齢を確認します。ただ、月齢の数字を見たあとに知りたいのは、その子がどんな経路で今の位置まで来たかです。寝返り、座る、はいはい、つかまり立ち、伝い歩きがどのようにつながったか。昨日よりできることが増えているのか、長く変わらないのか、できていたことが減ったのか。同じ「まだ一人で歩かない」でも、経過によって意味は変わります。

図2 発達の目安、確認のサイン、診察での心配、診断は同じものではありません。
待つ前に、先に相談したい変化がある
次に挙げるのは病名の一覧ではありません。「歩くまで待ちましょう」とだけせず、医療機関や健診・保健センターへ相談する理由になる変化です。
以前できていた座る、立つ、移動するなどの動きができなくなった
片側の手足をほとんど使わない、いつも同じ側だけで動くなど、左右差が強い
体がとても硬い、反対に支えにくいほど柔らかい、足を床につけにくい状態が続く
首すわり、座る、移動するなど、歩行以外の運動もゆっくりに見える
食べる、飲み込む、呼吸する、体重が増えることにも心配がある
ことばの理解、呼びかけへの反応、人とのやり取りなど、ほかの発達にも気がかりがある
転び方が急に変わった、痛がる、元気が乏しいなど、いつもの様子と違う
英国NICEの脳性まひに関するガイドラインでは、動きの左右差、筋肉の張り方の異常、首すわりや寝返り・はいはいの遅れ、修正月齢18か月で歩いていないことなどを、評価につなげる運動発達の所見として挙げています。[3] これは「18か月で歩かない=脳性まひ」という意味ではありません。特定の病気を見つけるためのガイドラインに書かれた項目なので、単独の所見を一般の子ども全員の診断に置き換えないことが大切です。
とくに、できていた動きを失う「退行」は、ゆっくりな発達とは別に扱います。運動だけでなく、ことばや人とのやり取りを含め、以前できていたことが減ったと感じたら、次の定期健診まで待たずに相談してください。発熱やけがのあとに急に立てない、強い痛みや呼吸の異常があるなど、急な体調変化を伴う場合は、発達相談ではなくその日の医療相談が必要です。
ここに当てはまらなくても、保護者の「何か違う」という感覚は相談理由になります。毎日見ている人が、動き方、疲れやすさ、視線、声への反応の変化に先に気づくことがあります。米国小児科学会は、発達の見守りをすべての健診で行い、保護者や医療者の懸念があれば標準化された確認や評価につなげることを勧めています。[4] チェックリストは診断ではなく、対話を始める道具です。
1歳6か月児健診は「歩ける・歩けない」だけを見る場ではない
日本の1歳6か月児健診では、身体の発育、運動や精神の発達、病気の有無、生活習慣や養育環境を確認します。[5] こども家庭庁の2025年改訂マニュアルでは、歩行がまだ始まっていない場合、身体・神経学的な異常があれば医療機関への紹介を考え、歩行だけがゆっくりで、ことばの理解や知的発達が良好なら、運動発達を追って再評価するという考え方が示されています。[6]
ここで大事なのは、「歩けなければ紹介、歩けなくても問題なし」という二択ではないことです。健診では、それまでの病気や出生時の経過、発達の歩み、保護者の心配、診察で分かる体の状態を重ねます。ことばや社会性、視覚・聴覚なども確認し、必要なら地域の支援や医療につなぎます。[6]
健診までまだ時間がある、健診ではうまく相談できなかった、心配が強くなったという場合は、かかりつけの小児科・家庭医、自治体の保健センターや母子保健窓口に相談して構いません。母子健康手帳の情報サイトも、乳幼児健診を発育・発達の確認だけでなく、気がかりを相談して早めの支援につながる機会と説明しています。[7]
歩き始める時期には幅がある。月齢だけでは診断できない。それでも、退行、左右差、明らかな姿勢や筋力の異常、ほかの発達や体調への心配があれば、待つより相談を先にします。

図3 退行や強い左右差などがあれば、月齢を待たず相談します。
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- 診察室では、歩数より先に何を見るのか
- 発達は、ばらばらの項目ではなく一つの生活として見る
- 家で「歩かせる」より、動きが出る条件を見る
- 一週間だけなら、何をメモするか
- 支援につながることは、病名を決めることではない
- 「まだ歩かない」への、今の答え
- 参考にした資料
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