子どもの身長、親ができることは本当にない?
クラス写真で、わが子がいつも前の列にいる。去年買った服が、まだ着られる。本人は気にしていないようでも、親の目には、小さな変化がいくつも入ってきます。「遺伝だから仕方がない」と言われると、少し安心する反面、本当に何もしなくてよいのか、という疑問が残ります。
その疑問に、身長を伸ばす商品はすぐ答えてくれます。足りない成分、眠る時間、運動の種類。何かを足せば未来が変わるように見える。でも、買うか、何もしないかの二択にしてしまうと、その子の成長を確かめるという、もっと地味で役立つ仕事が抜け落ちます。
親ができることはあります。ただし、それは目標の身長を約束することではありません。これまでの伸び方を確かめること、相談を先にして変化を見逃さないこと、食事や暮らしで困っている事情を伝えること、そして、子どもが自分の体を責めずに過ごせるようにすることです。今日はその仕事を、診察へつながる形まで掘り下げます。

背の順だけでなく、その子が育ってきた時間を記録から確かめる。人物と生活場面はイメージです。
背の順より、その子の記録を見たい
背の順は、同じ教室にいる子どもの中での順番です。誰かが最後尾なら、誰かは先頭になります。そこにいる人数や生まれた月も違う。その順番だけで、病気の有無や将来の身長を決めることはできません。
日本小児内分泌学会は、身長が気になるとき、年齢と性別に応じた成長曲線に記録をつけることを勧めています。低身長を表す目安には、平均からの離れ方を示す「−2SD」という数字が使われます。これは同じ年齢・性別の集団の中での位置を表すもので、数字だけで原因を診断するものではありません。[1]
私は、グラフを平均に近づけるための採点表として使いたくありません。平均より低い点を見て、家族の生活に減点をつけるのではなく、その子がどのように伸びてきたかを見るための資料として使います。最新の一回だけでは、去年からずっと同じように伸びているのか、途中から伸び方が変わったのかが分からないからです。
米国小児内分泌学会の紹介の目安にも、現在の高さだけでなく、伸びる速さの低下や、成長曲線の線を下向きに横切る変化が含まれます。ただし、乳幼児期の変化を、学童期と同じように扱うことはできません。同資料では、3歳を過ぎてからの下向きの変化に注意を向けています。これは米国の紹介用資料であり、日本の治療や保険の条件をそのまま示すものではありません。[2]
「線を横切った」と聞くと、家でグラフを描き、一本でも横切れば急がなければ、と感じるかもしれません。ここで家族にお願いしたいのは自己診断ではなく、記録を持って相談することです。グラフに不安な変化が見えたら、何歳のときの測定か、どこで測ったかも一緒に伝える。それだけでも、最新の身長だけを口で伝えるより、話の足場ができます。
家の柱につけた印にも、健診の記録にも、その家の時間が残っています。ただ、別々の場所で測った数字を、同じ精度だと思って並べる必要はありません。「学校で測った」「家で測った」「日付はこの頃」という違いを消さないでおく。曖昧な数字を小数点まで整えるより、どこまで確かな記録か分かる形のほうが、相談には使いやすいと私は考えます。

現在の高さだけでは、そこまでの伸び方は分からない。線は説明用の架空の経過で、成長曲線の基準・診断・予測には使えません。