食べ物由来の石けんと経皮感作による食物アレルギー──“茶のしずく事件”から考える安全性と注意点
1. はじめに
皆さんは、キャベツやイチゴ、シイタケ、ヒジキ、トウモロコシなど、普段は食材として口にするものを原材料に含む石けんが存在することをご存じでしょうか。これらはいわゆる「食品ロス(フードロス)削減」や「もったいない精神」を背景に、食べられるにもかかわらず廃棄されがちな農産物などを活用して作られる石けんです。最近は、環境への配慮や自然派志向の消費者から注目を集め、様々な地域で類似の取り組みが行われています。
一方で、こういった「食べ物由来の石けん」を人体に使用したときに、「経皮感作」という経路を介して新たに食物アレルギーが発症するのではないかという懸念があります。実際、2010年代前半に起こった「茶のしずく石鹸」による小麦アレルギーの集団発症(いわゆる“茶のしずく事件”)では、すでにアレルギーがなかった人々が突然に小麦アレルギーを発症し、大きな社会問題となりました(1)。
「食べられるものだから安全」ではなく、「経皮的に抗原が侵入することでアレルギーが新規に起こりうる」という点が重要です。特にアトピー性皮膚炎や湿疹などで皮膚バリアが低下している方にとってはリスクが高くなる可能性が否定できません。本ニュースレターでは、これらのリスクと対策を総合診療医の視点から詳しく解説し、安全に配慮した使い方や社会的な取り組みについて考えていきます。
2. 食べ物由来の石けんが生まれる背景と現状
2-1. フードロス削減とSDGsの流れ
日本では年間約522万トン(令和2年度)もの食品廃棄物が出ていると試算されており(2)、世界的に見ても食品ロスは大きな社会問題です。こうした状況に対して「食べられるにもかかわらず、規格外品として廃棄されてしまう食材をどうにか活用できないか?」という発想から、食品加工への転用や肥料・飼料へのリサイクルなどのさまざまな施策が進められています。
石けん作りも、その一つの取り組みとして注目されています。例えば、見た目が少し傷んでいるだけで廃棄されるキャベツやイチゴなどを乾燥加工して粉末にし、石けんの原料に混ぜ込むことで、食材のもつ香りや色合いを活かした製品を作ることが可能になります。こうした活動はSDGs(持続可能な開発目標)とも合致しています。
2-2. “自然由来=安全”という先入観
自然やオーガニック志向の高まりから、「化学物質より天然成分のほうが安心」「食べ物由来なら肌にも環境にも優しい」と感じる人が増えています。しかし、必ずしも「自然由来=絶対に安全」というわけではありません。昔から、自然界にある植物の成分による皮膚炎やアレルギーは多数報告されていますし、加工によって食品タンパク質のアレルギー特性が変化することも報告されています。(3)。
3. 食物アレルギーと経皮感作の基礎知識
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- 4. 茶のしずく事件が示した経皮感作の現実
- 5. 食べ物由来の石けんにおけるアレルギーリスクの考察
- 6. 具体的な安全策:肌のバリア機能を守る
- 7. 成分表示の意義と限界~新規感作を防ぐことは難しい
- 8. まとめ
- 最後に
- 参考文献
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